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東京地方裁判所 昭和42年(行ウ)83号 判決

原告

ユジイヌ・クルマン

(旧商号、ソシエテ・ドウエレクトローシミ・ドウエレクトローメタルジエ・エ・デ・アシエリエ・レクトリク・デュジーヌ)

代理人弁護士

猪股正哉

被告

特許庁長官

佐々木学

指定代理人

高橋正

外三名

主文

原告の訴は、いずれも、これを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立〈略〉

第二 原告の請求原因

一  本件出願、却下処分および異議申立棄却決定

(一)  原告は、昭和三九年二月二六日、被告に対し「二酸化モリブデンの製造法」という発明につき、工業所有権の保護に関するパリ同盟条約第四条丁第一号および特許法(但し、昭和四〇年法律第八一号による改正前のもの。以下同様)第四三条により、昭和三八年(一九六三年)二月二八日フランス国でした出願に基く優先権を主張して、特許出願(特許庁昭和三九年特許願第一〇、二〇〇号)をした。

ところが原告は、右優先権の主張をする際、許許法第四三条第一項による書面として本件願書の欄外に記載した同項所定の事項中、フランス国での出願の年月日を誤つて一九六三年二月二七日と記載した。

すると、被告は、昭和四一年八月二四日付書面をもつて、原告に対し次のような通知をし、右通知は同年九月七日原告に到達した。

「工業所有権保護に関するパリ同盟条約に基き主張された優先権は、下記の理由により、特許法四三条第四項の規定に基き、その効力を失つたから通知する。

本願に関する優先権は、西暦一九六三年二月二七日付仏国出願に基いて主張されているが、特許法第四三条第二項に規定する期間内に上記優先権主張を証明する書面が提出されていない。また西暦一九六三年二月二八日付で提出されている優先権証明書は、本願出願時に特許法第四三条第一項に規定する書面の提出がなかつたので、本願に関する優先権の主張を証明する書面とは認められない」〈以下略〉

理由

第一本件訴の適否(本案前の主張の当否)についての判断

一本位的請求関係

まず本件訴の対象について考えてみると、原告が本件訴訟において取消を求めている被告の行為は、被告が、原告の本件出願(請求の趣旨記載の特許出願)についての工業所有権の保護に関するパリ同盟条約による優先権の主張につき、昭和四一年八月二四日付書面をもつてした本件通知行為(請求原因第一項(一)記載の通知行為)であることは、原告の主張自体により明らかである。

そこで、被告の本件通知行為が取消訴訟の対象となる行政処分または事実行為であるか否かについて判断する。

(一)  取消訴訟の対象となる行政処分であるか否か

被告の本件通知行為が、行政庁の、典型的な行処政分の形式をとつておらず、一見単なる通知であるかのような形式をとつていることは、その外観的形態ないし外部的表示に照らし疑いがない。しかるに、原告は、右行為の実体われたもは、通知という形式により行政処分が行の、すなわち、被告が原告の本件優先権の主張を却下し、その効力を否認した確認的、公証的行政処分であると主張し、一方、被告は、本件通知行為は、単なる事実行為であつて、なんら法的効果を生じないもの、すなわち、原告の優先権の主張が法律上当然に失効した結果を念のために通知した行政上のサービスであると主張する。そこで、被告の本件通知行為の本質について按ずると、右行為が行政処分であるかまたは事実行為としての失効通知にすぎないかは、単に右行為の形式またはこれに用いられた言葉だけから判断すべきものではなく、広く優先権主張の本質および効果、右主張の適否についての審査権限、右審査の結果、本件失効通知の内容および被告が右通知をした根拠等、諸般の事情を勘案して、実質的に且つ慎重に判断すべきものである。蓋し、本件通知行為は、一見して、その本質が必ずしも明白であるとは言い難いものであるうえ、原告(出願人)にとつては、ともかく優先権主張の効力に関する重大な要因であり、しかも、右行為の本質が行政処分または事実行為のいずれであるかは、原告が事後これに対処するうえできわめて重要な意味をもつものであるからである。よつて、以下この見地から考察する。

1 優先権主張の本質および効果

本件にかかる少くとも「ロンドン」改正時までの優先権は、パリ同盟条約加盟のいずれか一国(第一国)において合式の工業所有権保護のための出願をした者またはその承継人が、同一の目的につき、他の同盟国(第二国)において出願をすることに関し、一定期間内に限り、享有することができる特別な利益(但し、出願に附随する特別な利益)である。右にいわゆる特別な利益とは、後の出願(すなわち第二国における出願)が、先後願の関係や新規性等の判断の場合には、最初の出願(すなわち第一国における出願)の時に出願されたと同じ取扱を受けること、換言すれば、第二国出願について、先後願関係や新規性等の判断の基準日としての出願日を第一国出願の日にさかのぼらせることができるという利益である。ところで、優先権は、同盟国の第一国における最初の出願によつて発生するが、それだけではいまだ観念的な利益にすぎず、優先期間内に第二国において出願をする際、これを主張することによつて始めて現実的な効力を生ずる。したがつて、優先権の主張は、パリ同盟条約加盟の第一国における最初の出願によつて生じた観念的な優先権を、同条約加盟の第二国における出願の際、現実に発効させ、その利益を享受するための手段である。右手段は、勿論、第二国への出願を前提とし、該出願を離れては考えることができないから、当然出願手続上の行為である。しかし、それは、最初から第二国出願そのもの、または第二国出願の一部ではなく、本来は、出願とは別個の、出願に附随した手続上の行為であると解するを相当とする。蓋し、優先権自体が、前記のように、出願に附随する特別の利益であるにすぎないからである。

そこで、出願とは別個の出願に附随した手続上の行為としての優先権主張の本質について考えてみると、右主張は、前記第一国出願により発生した優先権を、第二国出願の際、援用して、現実にその効力を生ぜしめ、もつて直接、前記利益を享受することを目的とする、手続上の単独行為であるというべきである。なんとなれば、優先権の主張は、本来、優先権者の権利行使の手段であつて、それは、直接に、ある効果を生ぜしめることを目的とする独立且つ自足的な性格のものであり、決して優先権者が特許庁に対し、優先権の効力の発生を請求したり、または右効力が発生したことの確認もしくは優先権者である法律上の地位の確認等を請求する、他律的且つ間接的な性格のものであるとは解されないからである。ところで、出願手続上の行為としての優先権の主張には、一定の方式が要求される。(パリ同盟条約第四条丁、特許法第四三条)したがつて、右方式に従つた適式の優先権主張は、直接に、すなわち、特許庁長官または審査官等の、要するに特許庁の応答行為を要せず、直ちに、第二国出願の日が、先後願関係や新規性等の判断の場合には、第一国出願の日にさかのぼるという効果を生ずる。そして、優先権主張は、右効果の発生によつて目的を達成し、爾後は、出願(第二国出願)そのものの中に吸収され、その一部となる。それゆえ、特許庁は、その後においては、該出願を出願日(但し、先後願関係および新規性等の判断の基準日としての出願日)が第一国出願の日にさかのぼつたものとして審査し、特許査定または拒絶査定をすれば足り、いまさら優先権主張を認めるとか、認めないとかの応答をする必要も、また、その義務もない。

しかしながら、不適式の優先権主張は、それがあつても、直接に前記効果を発生せず、したがつて、依然として、出願とは別個の手続上の行為である性格を失わない。そして、不適式の態様により、次のような評価を受ける。すなわち、(イ)特許法第四三条第一項に定める方式に違反した場合は、優先権の主張は無効であり(旧特許法施行規則第四〇条第一項参照)(ロ)また、同条第二項に定める方式に違反した場合は、優先権の主張は、同条第四項により、当然に、その効力を失う。したがつて、特許庁は、この場合も、右優先権の主張に対し、ことさらこれを却下するとか、その効力を否認するとかの応答(行政処分)をする必要も、また、その義務もない。

2 優先権主張の適否についての審査権限

優先権の主張は、本来、出願とは別個の特許庁に対する単独行為であつて、しかも右主張の手続には一定の方式が定められていること、前記のとおりである。したがつて、優先権の主張に対しては、特許庁における手続上は、出願とは別個に、該主張の適否について審査をする必要がある。ところが、この場合、何人が優先権主張の適否につき審査をするのかについては、なんら法令上、明文の規定がない。ただ、特許法第四三条第一項に、優先権を主張する者はその旨ならびに第一国出願の日および第一国の国名を記載した書面を特許庁長官に提出すべきこと、また、同条第二項に、優先権の主張をした者はいわゆる優先権証明書を特許庁長官に提出すべき旨が規定されているだけである(なお、実用新案法第九条第一項、意匠法第一五条第一項および商標法第一三条第一項参照)しかし、右各条項は、単に優先権主張の申立書および優先権証明書の提出先を特許庁長官と規定したにすぎないもので、なんら実質的に優先権主張の適否についての審査権限が特許庁長官にあることを定めたものではないというべきである。蓋し、優先権の主張は、出願とは別個の手続上の行為である反面、結局は、出願日いかんの問題として、出願そのものと一体になるべきことを目的とする、出願に附随した行為であるというべきところ、右出願においては、これを審査する権限は専ら審査官にあるにもかかわらず、その願書は特許庁長官に提出すべき旨定められているものであるからである(特許法第四七条、第三六条、実用新案法第一四条、第五条参照)。

そこで、特許庁における優先権主張の適否についての審査権限の所在について考えてみると、右審査の内容には、一応、次の二つのものが考えられる。すなわち、第一が優先権主張の実体上の要件の審査であり、第二が右主張の手続上の要件の審査である。第一の点は、いわゆる出願人が同一か否か、目的物が同一か否か、および第二国における出願が優先期間内になされたものであるか否かの審査であり、第二の点は優先権主張の手続がパリ同盟条約第四条丁第一号、第三号、第四号および特許法第四三条第一項、第二項に定められた方式を履践しているか否かの審査である。しかしながら、後者の審査は、主として前者の審査の前提関係にあるものであつて、結局は前者の審査に奉仕するものといつて妨げなく、しかも、方式の審査も、また、一般には、特許法第四七条にいわゆる審査の一種であることを免れないうえ、優先権の主張は、要するに、実体的には、発明、考案等の新規性喪失および先願主義の例外事由等にかかわるもので、且つ手続的には、出願に附随した行為であるにすぎないこと前記のとおりである。そうとすれば、優先権主張の適否については、その実体上および手続上の要件とも、すべて、特許出願等の審査権者として、発明考案等の新規性の有無および先後願関係につき審理判断をする職責を有する審査官に、これを審査させるのが最も合理的且つ法律上の根拠あるものというべきである(特許法第四七条、第四九条第一号、第二九条、第三九条、実用新案法第一〇条、第一一条第一号、第三条、第七条、意匠法第一六条、第一七条第一号、第三条、第九条、商標法第一四条、第一五条第一号、第八条参照)。したがつて、特許庁において、優先権主義の適否につき審査をする場合、その権限は、専ら審査官、ひいてまた審判官にあるものと解するのが相当である。

3 優先権主張についての審査の結果

優先権主張についての審査官の審査は、勿論、当該出願の審査の際なされるが、右審査の結果、優先権主張が、その手続上の要件および実体上の要件とも、すべて、これを適法に具備する場合には、右主張は、直接に、第二国出願の日が、先後願関係や新規性等の判断の際には、第一国出願の日にさかのぼるという効果を生じ、爾後、審査官は、当該出願を右各判断の基準日としての出願日が第一国出願の日にさかのぼつたものとして審査し、特許等の査定または拒絶査定をすることになる。そして、他方、特許庁長官も、出願公告の場合には、特許公報等に右公告の内容として優先権の主張を掲載し(パリ同盟条約第四条丁第二号、特許法第五一条第三項第六号、実用新案法第一三条等参照)また、特許権等の設定登録をする場合には、特許登録原簿等に優先権の主張を登記すること(特許法第二七条、特許登録令第一〇条、第一六条第一号、特許登録令施行規則第二八条第二項、実用新案登録令施行規則第三条第三項等参照)が各義務づけられているものである。もつとも、特許庁長官が右出願公告および特許登録原簿等に優先権の主張を掲載または記録することは、主として、一般公衆に最初の出願国および出願日を知らしめることによつて、不測の損害の発生を防止し、併せて特許異議の申立または特許無効の審判の請求等をするにつき便宜を与えるためであるから、前記掲載または記録の点を捉えて、逆に、優先権の主張は、特許庁に対し、出願公告(特許公報)および特許登録原簿等に第一国出願の国名および出願の年月日を掲載または記録することを請求する申立であるとか、または優先権の主張には当然に右請求が包含されているとか、解することは到底できない。

これに反し、優先権主張が、その手続上の要件を適法に具備しない場合には、右主張は、その不適式の態様により、無効または失効すること前叙のとおりであり、また優先権主張が、その手続上の要件は適法に具備するけれども、実体上の要件を適法に具備しない場合には、右主張は勿論、無効であるというほかないから、以上の各場合には、審査官は優先権の主張にかかわらず、これがなかつたものとして、当該出願につき特許等の査定または拒絶査定をすれば足るものというべきである。したがつて、他方、特許庁長官も、右各場合には、出願公告をする際、特許公報等に右公告の内容として優先権の主張を掲載し、また特許権等の設定登録をする際、特許登録原簿等に優先権の主張を記録する義務がないことはいうまでもない。

4 本件失効通知の内容および被告が右通知をした根拠

本件失効通知の内容は、要するに、被告が原告に対し、原告の本件優先権の主張は、昭和三八年(一九六三年)二月二七日付フランス国出願に基くことを前提として、特許法第四三条第二項に定められた期間内に右日付に合致したいわゆる優先権証明書を提出しなかつたため、同法同条第四項によつて当然に失効したから、その旨通知するというにあることは、右通知の文言により明らかである。そして、本件弁論の全趣旨によれば、「被告は、従来、このような場合、すなわち、優先権の主張が特許法第四三条第四項によつてその効力を失つたと認められる場合には、当該出願を審査する審査官の判断とは別に、独自の立場で、出願人に対し、行政上のサービスをする認識で、本件のような通知を行い、もつて優先権主張が出願の審査の段階で認められないおそれがあることを前もつて注意し、予め出願人にその対策を準備する機会を与える慣例であつたこと、および特許庁の実務においては、右失効通知がなされたときでも、いわゆる優先権証明書はこれを受理し、審査官に回付して、被告の判断とは別に、審査官が優先権主張の適否につき自由な判断をすることができるようにしてある」ことを認めることができる。なお、法令上、被告に対し、出願人にあて本件のような優先権主張の失効通知をなすべき旨命じている規定は勿論ない。

以上の検討を綜合すると、被告の本件通知行為は、どの点から考えても、被告の原告に対する行政処分、すなわち被告が原告の本件優先権の主張を却下し、その効力を否認した確認的、公証的行政処分を、通知という形式で行つたものとは到底解することができず、むしろ、右行為は、文字どおり、被告が原告に対し、原告の優先権の主張が法律上当然に失効したという意見を、右主張について審査する権限を有する審査官の判断とは別に、被告独自の立場から、出願人に対する行政上のサービスとして注意的に通知したもの、すなわち、被告が法に基きその権限の行使としてした処分ではなく、単なる事実行為としての失効通知をしたにすぎないもので、原告の権利、義務(本件優先権主張の効力)につきなんら変動を及ぼさないものと解するを相当とする。したがつて、被告の本件通知行為は、取消訴訟の対象となる行政処分ではないものというべきである。もつとも、

1 〈書証〉および弁論の全趣旨によれば「被告は、本件通知行為に対する原告の……異議申立につき(決定をする際、本件通知行為の性質が前記のように単なる事実行為としての失効通知にすぎないならば、右行為は行政不服審査法第六条による異議申立の対象とならないこと明らかであるから(同法第二条第一項照)、当然被告は同法第四七条第一項により前記異議申立を却下すべきであつたにもかかわらず、これをなさないで、漫然本件通知行為が同法第六条による異議申立の対象となるものと認め、前記異議申立につき実体上の判断をして、同法第四七条第二項により、これを棄却する旨の決定をしたこと」が認められるが、右決定をしたからといつて、被告の本件通知行為の本質が他のものになる訳のものでないというまでもないから、右事実の存在は、いまだ前記判断の妨げにならないものというべきである。

2 また、被告の本件通知行為が取消訴訟の対象となる行政処分でないとすれば、原告の本件優先権の主張が、当該出願の審査の際、前記のように無効または失効したものとして扱われた場合には、これを争い原告の利益を擁護するためには、優先権主張につき独立の救済手段を設けていない現行法の下においては、原告は、当該出願についての拒絶査定もしくは特許に対する不服申立または権利侵害訴訟等が提起された際、すなわち、優先権主張が認められないまま当該出願につき拒絶査定を受けた場合には、右査定に対する不服申立の手段である審判および訴訟等の際、また、優先権主張は認められないとされながらも、特許査定を受けた場合には、第三者に対する特許権の侵害訴訟もしくは右特許に対する第三者からの無効審判および訴訟等の際に、それぞれ、審査官の優先権主張に対する判断の違法性を指摘して、再度優先権主張の有効性を主張するほかないものであるが、かくては出願人たる優先権主張者の権利救済に迂遠且つ間接的であること明らかである。これに対し、被告の本件通知行為が取消訴訟の対象となる行政処分であるとすれば、優先権を主張した原告は直ちに、すなわち、当該出願についての拒絶査定または特許査定を待たず、前記異議申立を経由したうえ、右行為の取消訴訟を提起して、出願審査の早い段階で、簡明且つ直截に権利救済を受け得ること明らかであるから、この点きわめて合理的な結果を生むものというべきである。しかしながら、優先権主張が認められなかつた場合の救済手段が合理的であるか、そうでないかとの一事により、いわば、或る結果の良否だけから考えて、その他の面から考察、特に本質論からの考察を無視し、本件通知行為の本質を断定することはできないから、前記事情の存在は、優先権主張につき独立の救済手段を設けよとの立法論を提唱する契機となるは格別、これだけでは、いまだ前記判断を覆えすに足りないものというべきである。

(二)  取消訴訟の対象となる事実行為であるか否か

行政事件訴訟法第三条および行政不服審査法第二条の趣旨に照らすと、取消訴訟の対象となる事実的行為とは、行政庁のすべての事実的行為を指すものではなく、行政庁が公権力の行使として、法に基き、特定の行政目的達成のため、国民の身体または財産等に実力を加える事実上の行為のうち、国民の権利自由に対する侵害の可能性が大きいもの、特に人の収容、物の留置その他その内容が継続的性質を有するものに限られると解するを相当とする。しかるに、被告の本件通知行為は、行政処分でないことは勿論、事実行為としても、前記侵害の可能性のない、単なる事実上の失効通知にすぎないこと、前認定のとおりである。そうとすれば、被告の本件通知行為は取消訴訟の対象となる事実行為にもまた該当しないものというのほかない。

以上の点に関する原告の主張は、要するに、取消訴訟の対象となる事実行為の概念ならびに被告の本件通知行為の本質およびその効果についての誤解に基くものであるから、深く立ち入るまでもなく、採用できない。

(三)  以上のとおりであるから、原告の本位的請求は、爾余の点につき判断をするまでもなく、不適法であるというべきである。

二予備的請求関係

原告が本件訴訟において違法確認を求めている被告の行為、すなわち、予備的請求の対象は、要するに、被告が、原告の本件特許出願についての前記優先権の主張につき、可否の決定をしないことであることは、原告の右請求における主張自体により明らかである。しかるに、被告は右優先権の主張に対し、その可否を決定すべきなんらの権限もまた義務も有しないことは、既に説明した優先権主張の本質および効果、右主張の適否についての審査権限ならびに右審査の結果等に照らし、今更多言をするまでもない。そうとすれば、被告の前記不作為は、いわゆる不作為の違法確認の訴の対象とはなり得ないものというべきである。したがつて、予備的請求もまた不適法であるというのほかない。

第二結論

よつて、原告の本件訴は、本位的請求および予備的請求とも、いずれこれを不適法として却下し、……主文のとおり判決する。(荒木秀一 古川純一 宇井正一)

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